霧箱を用いたラドン濃度測定
我々の周りには様々な自然放射線が降り注いでいます。10cm×10cmの面を宇宙線のμ粒子は毎分600個通過しますが、ラドンからのα線は毎分0.1個程度しか通過しません。またタリウムが出すγ線から発生する散乱電子もμ粒子と同程度存在します。
ラドンの濃度を測定する方法はラドンから放出されるα線を測定することだけです。ラドンが出すα線の測定器に求められる性能は、α線に対して十分な感度があるだけでは不十分で、他の放射線に対する感度が非常に小さく、α線と明確に区別することが必要不可欠です。これを満たすα線の測定方法は、写真フィルム、ZnSという特殊なシンチレーターを使った光測定器、霧箱の3種類です。弊社では3種類とも試作した結果「霧箱」を使用することにしました。将来、測定依頼が大幅に増加したならばZnSシンチレーターも使います。
まず最初に霧箱の測定原理についてお話しします。
上空まで良く晴れた日では飛行機雲ができることがあります。地表が暖められ、地表付近の空気の温度が上がって膨張し、上昇を始めます。上空では気温が下がるので湿度が上昇し、ある高度で湿度100%になります。湿度が100%を超えてもきっかけがないと雲ができません。上空では湿度が100%を超えた、過飽和の水蒸気を含んだ空気となります。ここに航空機が飛ぶと、エンジンから排出される化学物質が種になって雲ができます。霧箱ではエタノール蒸気の過飽和状態を作り、その中を放射線が走ると放射線によって空気分子がイオンになり、そのイオンが種になってエタノールの雲ができます。この雲を視覚的に捉えることでラドンから飛び出てきたα線の数を数えていきます。
図1:弊社が使用している霧箱測定器
図2:霧箱の概略図(簡単のため一部省略しております)
図1、図2は弊社が使用している霧箱です。工作難易度はあまり高くなく、材料は誰でも手に入るものを選びました。同様の方式で中学校や高校の科学クラブでもラドンのα線を見ることが出来るでしょう。
霧箱本体はポリエチレン製の直方体容器(15cm×20cm×20cm)の底を抜いたものを用いて、容器の内面に5mmほど隙間を開けて黒い厚紙で取り巻いています。霧箱の下のアルミトレーにはエタノールが、さらにその下の大きなアルミトレーにはイソプロパノールが入っており、イソプロパノールはドライアイスで−40度に冷やします。霧箱の上面は家庭用ラップのうちのポリメチルペンテンラップを幅広のゴムバンドで止めています。
霧箱内の同じ高さでは中央部よりも周辺部が高音なため、霧箱内の空気は周辺部で上昇し、上面で中央に集まって、中央部を下降し、底で周辺部に広がるという対流をします。エタノールは黒い紙の中を毛細管現象で上昇しているうちに気化し、エタノール蒸気が空気の対流に乗って霧箱中央部を下降している中で過飽和状態になります。
図3:試料採集用空気ポンプと風船
図3は測定対象となる空気を風船に充填しているところで、市販されている最も小さな空気ポンプ(模型塗装用エアコンプレッサー)を使います。約3分で10ℓ程度の空気が風船に詰まります。図3にあるように、ポンプに繋がるホースの先にあるノズルに風船の口を差しこんだ状態で、ポンプの電源を落として1ヶ月放置しても風船の直径は変化しませんでした。
図4:試料空気への置き換え
図5:照明を落として霧箱を撮影
図6(動画):霧箱内の様子
図4は霧箱に風船を繋いで霧箱内部の空気を採取した空気に置き換えている様子であり、図5は部屋の照明を落とし、卓上ライトのみで照らした霧箱を霧箱の上に固定したカメラで撮影し、α線を測定している様子です。図6はその時の霧箱内の様子を動画で撮影したものです。測定用のカメラは1秒のオートシャッターモードで30分間1,800枚に設定して撮影し、それらをコンピューターに取り込んで同じ場所に3枚連続で軌跡が写っているものを探しました。
図7:代表的なα線
図8:図7の1秒後
図9:代表的なμ粒子
図7は代表的なα線の写真であり、図8は図7から1秒後の写真、図9は代表的な宇宙線のμ粒子の写真です。図7と図9では明らかに軌跡の濃さが異なります。さらにα線の軌跡ならほぼ3秒後まで痕跡が残りますが、μやβならは1秒で軌跡が消えてしまいます。
これらの違いにより、霧箱はα線とそれ以外放射線を容易に識別することが可能となります。
検証実験:天井換気の有無によるラドン濃度の比較
弊社は上記の霧箱を用い、蜜室では重たいラドンが床付近に集積して濃度勾配が生じるというUNSCEAR2008の主張を確かめるべく、弊社事務所と築35年の一般住宅で試料空気の採集を行い、ラドン濃度を測定しました。特に天井換気装置の有無によってラドン濃度にどのような影響が出るのかを調べました。
先に注意事項として、弊社所在地は千葉大学西千葉キャンパス内の元薬学部2号館(現名称は知識集約型共同研究拠点2)にあります。この建物は1960年代に建設され、1990年代に耐震補強工事を受けました。建設当時はクーラーが普及する前で、全面に広い窓があります。耐震補強工事の時にエアコンと換気装置が設置され、隙間の充填剤などで可能な限り気密性を高めました。しかしそれから30年経過して、充填剤が劣化するなど気密性はかなり下がっています。このため現代の新築建築物に比べて気密性はずっと劣っています。
グラフ1:天井換気装置を起動しなかった場合
グラフ2:天井換気装置を起動した場合
グラフ1、グラフ2は弊社事務所において空気の採集を床付近・部屋の中央・天井付近の3種類の高さで行い、それぞれ全ての窓を全開にして1時間放置した後に、窓を閉めた直後・1時間後・2時間後・3時間後におけるラドン濃度測定結果の時間変化を記したものです。
グラフ1ではエアコンや天井換気システムを止めています。天井付近のラドン濃度は時間が経つに従って減少傾向が見られますが、床付近では逆に増加傾向が見られます。
グラフ2は、グラフ1と同じ条件ですが、エアコンは止めたまま天井換気システムのみを作動させたものです。天井換気装置を起動させた場合、天井付近のラドン濃度はほぼ横ばいとなりましたが、それ以外に高さにおけるラドン濃度は床に近づくに従って大きく上昇しました。
グラフ3:一般住宅で台所用換気扇を使用した場合
グラフ3は、築35年の代表的な一戸建て住宅のダイニングキッチンにおける換気扇の影響を見たものです。窓や扉を全開にして1時間放置した後に窓や扉を閉めて換気扇を作動させ、食卓上における空気のラドン濃度の時間変化を1時間ごとに記したものです。グラフ3でもグラフ2と同様に明らかなラドン濃度の増加が確認されました。
これらの測定前述の採集を行った建物の気密性の低さのためかUNSCEAR2008のように天井付近と床付近のラドン濃度比100倍は観測できませんでしたが、実測値として室内の天井と床にはラドンの濃度勾配が生じることが確認できました。UNSCEAR2008の主張とほぼ一致したと判断できます。
弊社は日本の建物を建設時で3通りに考えています。
第一は、エアコンが普及する前の1970年代以前に建てられた建築物です。通気性を重視して建てられたので、後に改良工事を受けた場合でも、気密性はあまり高くありません。グラフ1のように窓や扉を閉めると、時間と共に天井付近のラドン濃度は下がり、床付近のラドン濃度は上がります。またグラフ2のように天井に換気口がある場合は、天井付近のラドン濃度は一定で、床付近のラドン濃度はグラフ1よりも高くなります。しかしWHOが勧告した外界の4.5倍には達しませんでした。特別なラドン対策は不要です。
第二はエアコン普及が始まった1980年代や1990年代に建てられた建築物です。建設時にエアコンを設置する場所が決まっており、室内機と室外機の間で冷媒を通すパイプや電源ケーブルを通す穴が外壁に初めから開けられています。このような住宅の寝室では目覚める直前のラドン濃度が4.5倍を超える危険性があります。
第三はエアコンが広く普及した21世紀の建築物です。政府が国連科学委員会報告やWHOの勧告を無視し国民に周知しなかったので、建築家や空調機器メーカーはラドンの危険性を全く配慮せず、エアコンの効率を上げるため出来るだけ気密性の高い建造物を作りました。この時代の建築物の特徴は、天井に換気口があります。このため寝室の床付近のラドン濃度は危険なほど高くなることがあります。
現在の肺がん死者数は毎年80,000人程度です。そのうち75,000人はラドンによる被曝が原因と思われます。現在肺がん死者数は急増中です。間も無く年間100,000人を上回るでしょう。
がんは正常細胞1個ががん細胞になってから、がん細胞が分裂を繰り返し、がん組織が増殖し、遂に死に至るまでに20〜30年かかります。政府の無策によって日本人の多くは最近20年間ラドン濃度の高い場所で暮らしてきました。2050年には毎年20〜30万人が肺がんで死ぬかもしれません。今すぐにラドン対策を始めても成果が現れるのは2050年以降です。でも対策を行わないなら2050年以降もがん死者はどんどん増えるでしょう。
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